HOME > ブログ

ブログ

くろまろ塾運営ボランティア

呼吸の瞑想法「阿息観」を体験受講しました!

くろまろ塾運営ボランティア スタッフ2020年02月16日 09:00 |

みなさん、こんにちは!
くろまろ塾運営ボランティアの西岡です。大学連携講座-高野山大学編-を受講しましたので、レポートさせて頂きます。内容は、高野山大学副学長の佐藤隆彦教授による「呼吸の瞑想法”阿息観”について」です。

さて、仏教を一言で言うと何でしょうか?弘法大師空海は『御請来目録』で「ただ二利にあり」と言われたそうです。二利とは、自利(自分を高める)と利他(他人の苦を救う)この二つを得ようとするのが仏教の目的だと言うのです。そして、仏陀は真理に目覚めた方でしたが、真理に目覚めるためには、瞑想が大切なのだと言う事です。密教の瞑想法には大きく分けて10種類ほどあるそうですが、僧俗共用なものとして「阿字観」「月輪観」「阿息観」があって、今回は入門編として老若男女誰でも出来る「阿息観」について学びました。

「阿息観」とは、息をアの真言と感じる瞑想法のことです。具体的には、背筋を伸ばし、肩の力を抜き、深い呼吸をこころがけ、大地に響いているアの音を感じ体内に取り込み、下腹、胸、口を通って再びアの響きとして息をはきます。そしてこれを続け、いのちの本源であるアの声を唱えて、宇宙と一体となります。(ここでは、座り方や詳細の手順・密教の法印などは省略させて頂きます)

今回、会場では先生のご指導をいただきながら、100名の受講生が同時に「阿息観」の瞑想を体験しました。初めにはアの声が聞こえていたものが何度かの呼吸の後、音のない「ア」の音になり、そしてそれが会場にあふれました。皆、心に高野山の雲海に包まれていることを想像しながら、呼吸を整え心が静まるのを感じました。静寂で不思議な雰囲気に数分間包まれました。場所が高野山ならなお感慨深かかったかも知れませんね。健康にも良いとの事で、実際に体験してみて、日頃の雑念がうすれ、心身共に良いと感じました、佐藤先生ご指導有難うございました。以下に、他の受講者の感想をご紹介します。

『ストレスの多い中でなかなか難しい、雑念をはらう方法を学ぶ事ができてよかった。』
『瞑想を詳しく知りたいと思っていました。「心を安定させる」という事において実践してみたいです。』
『瞑想の仕方や呼吸の整え方を教わり、たいへん参考になりました。』

連続講座、次回の佐藤先生の講座のテーマは、「真言宗における死と看取り 臨終の瞑想法”阿息観”」です。真言密教では死の瞬間をどのようにして迎えるのかについてお話を伺います。

—————————————————————————————
最後に、今回もくろまろ塾運営ボランティアの仲間が、受付・資料配布・司会などに活躍してくれました。お疲れさまでした!

 

大学連携講座-高野山大学編-を受講しました!

キックス スタッフ2020年01月22日 13:00 |

みなさん、こんにちは!
くろまろ塾運営ボランティアの西岡です。令和2年最初のくろまろ塾本部講座を受講しましたので、レポートさせて頂きます。内容は、“大学連携講座-高野山大学編-空海「秋日観神泉苑」について”です。

 

講師の南 昌宏先生は、高野山大学密教学科の教授で、文学・哲学・中国哲学の専門家です。本講座は、1月10日(金)と1月12日(日)の2回に分けて開催されました。まず「秋日観神泉苑」とは何でしょうか?名文家として有名な空海の残したこの詩は、詩文集である『性霊集』の二番目に掲載されている漢詩の七言古詩で、十二句八十四文字で書かれています。

1月10日の講座では「秋日観神泉苑」を読むと題して、従来の読み下しと、天皇と空海が親しく交流があったことなど、この詩は天皇の御苑をことほぐ(言葉で祝福する)詩として紹介されました。つまり秋の日の天皇の庭園の様子が自然と調和して素晴らしい佇まいをみせていることなどを、褒めたたえた詩との従来からの説明です。

ちなみに、神泉苑は現在京都二条城南にありますが、元は平安京(大内裏)の南東隣りに位置し、八町の規模を有する苑池であり、禁苑(天皇のための庭園)でした。苑内には、大池、泉、小川、小山、森林などの自然を取り込んだ大規模な庭園の他、敷地の北部に乾臨閣などを伴う宏壮な宮殿が営まれていたようです。また、空海が善女龍王をこの神泉苑の池に勧請(呼び寄せ)して雨を降らせたことでも有名です。
1月12日(日)の講座では、前回解説頂いた詩の意味を裏読みし、空海が真に表現した意味を説明して頂きました。この説は、2019年に南先生が1200年ぶりの新解釈として昨年発表されたもので、これまで神泉苑をことほぐ詩とされていた詩が実は、諫言(目上の人の非をいさめる)のための詩だと云うのです。先生は12句の詩を一句一句丁寧に、空海が選んだ漢文の決まり文句ともいえるフレーズをそれぞれ中国の古典や歴史書である『書経』や『後漢書』『詩経』などと照らし合わせ、詩全体にただよう諫言の意をくみとる解説をしてくださいました。私のつたない理解では、もし当時の中国の教養人がこの詩をよめば諫言の詩だとすぐさま見破るのであろうということです。つまり空海はそれほど、漢文の書物に精通しており、漢文も和文も名文家であったのだと感じました。

長い年月、神泉苑を褒めたたえていると云われて来たこの詩ですが、実は天皇をいさめる詩だったとの新解釈がなされました。このことを日本史のなかでどう捉えるのかはさらに掘り下げる必要がありそうです。漢文の知識が現代人よりもあった頃の時代の教養人であれば、そのことに気付いていたかもしれませんね。久しぶりに漢詩に触れ、とても新鮮な体験をさせて頂きました、南先生、丁寧な解説有難うございました。

—————————————————————————————
最後に、今回もくろまろ塾運営ボランティアの仲間が、受付・資料配布・司会に活躍してくれました。お疲れさまでした!

 

「地域における認知症支援を学ぶ」講座が始まりました!

くろまろ塾運営ボランティア スタッフ2019年12月24日 17:00 |

みなさま、こんにちは!
くろまろ塾運営ボランティアの後藤です。よろしくお願いします。

大学連携講座-大阪千代田短期大学編-「地域における認知症支援を学ぶ」
[1]12月3日「認知症を取り巻く環境と市の取り組み」
[2]1月17日「地域における認知症支援の実際」
[3]2月4日「認知症サポーター養成講座」
[4]3月5日「認知症高齢者(要介護者)に向けた生活支援技術」
が始まりました。

第1回目を受講して、レポートさせていただきます。

講師の青木淳英先生は、大阪千代田短期大学で教鞭をとられるかたわら、生活課題を抱える生活者の暮らしに密着した研究活動を行っておられるそうです。今回の講座のコーディネーターを務めてくださいます。

青木先生からは、「なぜ、いまこのテーマ?」ということで、5年後くらいには高齢者の2割が認知症、さらには800万人が認知症という時代が来る中で、河内長野市の現状を教えていただきました。
河内長野市の人口は2000年には12万人を超えピークでしたが、少しずつ減り始め2019年夏には10万4千人になり、少子化の進行、高齢者の急増とともに働き手世代が急減し、税収もこれまでのようには見込めないため、公的サービスを縮小せざるを得ない状況になりつつあるそうです。このことは、河内長野市だけのことではなく、全国の市町村でも同じ状況にあるとのことでした。
そんな中で認知症になっても安心して地域で暮らし続けることができるように、「地域共生社会」や「支え合い」とはどういう事なのか、共生ケアの実践例などもお話しいただきました。
認知症の人が働く場として、「注文をまちがえる料理店」、ヤマト運輸のダイレクトメール配達などを例に、認知症になっても、その方が出来ることを活かしながら地域で生活し、活躍できる社会に、そして河内長野市もそうなればいいな・・・とお話を締めくくられました。

青木先生に続いて、市高齢福祉課、地域包括支援センターからは、「市の取り組み」についてお話がありました。


上から順に、河内長野市高齢福祉課の山本さん、河内長野市中部地域包括支援センターの横田さん、河内長野市東部包括支援センターの北野さんです。
3人共、優しくわかりやすく丁寧にお話され、認知症の方に寄り添ってくださっている感じがあふれていました。

受講者には、「河内長野市 認知症あったか安心マップ ~いつまでも こころ豊かに このまちで~」という冊子が配られましたが、その最初には、
「認知症は脳の病気によるもので、誰もがなる可能性があり、またその家族にも誰もがなる可能性があります。つまり、誰もが「当事者」とも言えます。認知症のご本人やご家族が尊厳と希望を持って暮らしていけるように、みなさまが他人ごとではなく自分ごととして考え、優しくあったかい気持ちで関わりを持ってくださることを願っています。」
とあります。

認知症の相談は“早め”がカギなので、不安があったら地域包括支援センターに問い合わせることや、さまざまな認知症支援体制があり、出来る限り住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けることができるように取り組みを進めていることなど、初めて知ることが多くありました。
認知症予防には ①毎日人としゃべる。②体をしっかり動かす。③生活習慣病を予防する。が大切だそうです。

認知症サポーター養成講座が開かれ、サポーターが1万人を超えて河内長野市の人口の10%になり、子供たちも平成30年度から市立中学校全校で認知症サポーター養成講座を受けているそうです。認知症高齢者SOS模擬訓練が行われ、認知症高齢者が道に迷っても安心して暮らしていけるような取り組みも始まりました。
認知症パートナーの養成講座もあり、おれんじファーム、まちかどカフェなどで活動されています。

今回講座を受講して、認知症に関しても介護に関しても、これまで「まだ大丈夫」とか、「必要になった時に調べたらいい」とか先延ばしにしていたことをきちんと教えていただく良い機会になりました。
認知症サポーター養成講座を受けて、少しは周りのお役に立てたらと思うようになりました。

講座の最後に、『糸』(中島みゆき)の曲が流れる中、認知症になった方の言葉が画面に映し出され、感銘を受けましたので、一部分ですが記します。

「認知症になることは残念なことですが、けっして不幸な事ではありません。」
「できなくなることも多いですが、できることもたくさんあります。」
「何も考えられない人ではなく、豊かな精神活動を営むことができる人です。」
「医療や介護の対象だけの存在ではなく、どんなときでもかけがえのない自分の人生を生きている主人公です。」
「人間の価値は、これができる、あれができるという有用性で決定されるのではありません。何もできなくても尊い存在なのです。」

最後に、今回もくろまろ塾運営ボランティアの仲間が司会、受付やアンケート回収に活躍してくれました。
お疲れさまでした!

政僧「文観房弘真(もんがんぼうごうしん)」とは?

くろまろ塾運営ボランティア スタッフ2019年10月29日 18:00 |

皆さん、こんにちは。くろまろ塾運営ボランティアの西岡です。
河内長野が日本遺産認定を受けた記念の教養講座(歴史編)の第3回「南北朝時代における文観と観心寺・金剛寺」を受講しましたので、レポートします。

皆さんは、文観房弘真(以下「文観」)と言う僧の名前を聞いたことがありますか?私たち河内長野市民が、南北朝時代に活躍した人物として先ず思い浮かべるのは、たぶん大楠公(楠木正成)ではないでしょうか?しかし、同じ時代、後醍醐天皇、後村上天皇から信任を受け、観心寺や金剛寺を支えた真言宗を代表する僧侶が活躍していたのです。歴史に関心の高いくろまろ塾生でも、知らなかった方が多かったのではないでしょうか?ここで、文観の生涯を駆け足で観てみましょう。

文観は、弘安元年(1278年)播磨国に生れ、13歳にして播磨国法華山一乗寺(天台宗)にて出家。2年後南都(奈良)に入り興福寺の良恩から法相宗、信空から律蔵を学んでいます。1301年には両部灌頂を受け、1316年39歳のとき醍醐寺報恩院にて真言密教の伝法灌頂を受けています。かなりの秀才で法力もあったのではないかと思われます。文観の信仰は、文殊信仰と観音信仰が基調となっており、文観の文は文殊菩薩の文、観は観音菩薩の観に由来しているそうです。文観が政治に大きく関わってくるのは、壮年期からです。

1325年~1330年にかけて、文観は、後醍醐に両部伝法灌頂や瑜祗灌頂など真言密教の高度な授法を授けています。そして1329年、後醍醐の討幕計画に加担し、「関東調伏」の祈祷を行っています。しかしこれが幕府に発覚し、1331年に後醍醐は隠岐に配流、文観は硫黄島に流されてしまいます。ところが、なんと1333年鎌倉幕府が滅亡すると、後醍醐は京都に帰還し建武政権が発足します。延元元年(1336年)、後醍醐天皇が吉野に南朝を樹立したおり、文観は観心寺と金剛寺を勅願寺化しています。そして後醍醐が1339年吉野で死去し後村上天皇の時代、南朝が京都回復した折(1351年)には、文観は東寺一長者(真言宗の最高位)や醍醐寺の座主をも兼務し、南朝の宗教界において絶大な権威を誇ったと考えられます。最晩年(1354~1356年)には、金剛寺を行宮(あんぐう:天皇外出時の仮の御所)にしたり灌頂院を建立するのに尽力しており、1357年なんと80歳の長寿を全うして金剛寺大門往生院で入滅しています。

文観は中世の政局、特に南河内の地に深く関わり、まちがいなく楠木正成に匹敵する影響力のあった人物であったことが、受講者の記憶に刻まれたのではないでしょうか?

 

今回の講師は、高野山大学 文学部 坂口太郎専任講師で、本講座では信頼性の高い古文書や研究成果にもとづいた内容で、情報元を示していただきながら時代の流れを説明していただきました。私たち、にわか歴史ファンは、「太平記」の内容なども、つい史実と受け止めてしまいがちですが、講座を聴きながら反省の思いを深くしました。

最後の質問コーナーでは、観心寺の関係者から質問もあり、充実した内容の講座になりました。先生、有難うございました。

以下に、受講者アンケートの一部をご紹介します。

◆文観について詳細に説明して頂き、今まで私の知らなかった観心寺・金剛寺との関わりが良く理解できました。
◆南北朝期に於ける仏教(真言密教)との関わりが難解であった。
◆楠公以外にも、中世日本の歴史に深く関わる人物が河内長野にいたことを学べた。

最後に、今回もくろまろ塾ボランティアが司会や受付に活躍してくれました。お疲れ様でした。

「ゲノム編集がもたらす食の変化の可能性を考える 2」-②健康促進トマトの開発- を受講しました!

くろまろ塾運営ボランティア スタッフ2019年10月26日 18:00 |

みなさま、こんにちは!
くろまろ塾運営ボランティアの後藤です。よろしくお願いします。

昨年のゲノム編集に関する講座に続いて、今年もゲノム編集について受講生も一緒に考える講座が開かれています。(昨年の講座のブログはこちら)

第1回目「育種技術としてのゲノム編集」(大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科 山口夕先生)は、ゲノム編集技術の基礎と実際に開発途上の作物について講義があり、質問に答えてくださいました。
ちょうど厚生労働省が10月からゲノム編集食品の開発者の届け出に先立つ相談受け付けを始め、早ければ年内にもゲノム編集食品が流通し、食卓に並ぶとの報道があったばかりです。
今まさに話題のゲノム編集ということでテレビ局の取材があり、翌日の放送では受講生が質問する姿がテレビに映し出されました。

今回は、第2回目「健康促進トマトの開発」(サナテックシード株式会社 住吉美奈子先生)です。
後半、大阪いずみ市民生協の三原さんからゲノム編集に対する生協としての考え方の説明があり、その後受講生も参加してパネルディスカッションが行なわれました。

サナテックシードは「筑波大学発ベンチャー」で、ゲノム編集技術を使って品種改良された農作物を販売するために立ち上げられ、まずはGABAの成分を増やしたトマトの販売を目指しています。
住吉先生は、ポイントを二つに絞って講義されました。

①GABAを高めたトマトって何?
②ゲノム編集食品の安全性をどう考えるか。「届け出」という言葉は何か?

まずトマトですが、原産地の南米アンデスからメキシコに伝わり、探検家コルテスによってヨーロッパへ、さらに江戸時代には日本に伝わっていたそうです。

当初は観賞用として扱われ、野菜として普及したのはごく最近のことです。

品種改良によって次々と新しい高品質のトマトが生まれていますが、2012年にはトマトの全ゲノム配列が解読されました。
高GABAトマトはどのように開発されたのでしょうか。
GABAにはストレスを和らげたり、血圧の上昇を抑えたりする働きがあるそうです。
植物の中でGABAを合成する酵素はふだんは活動を抑制する「蓋」で覆われているそうですが、植物にストレスがかかった状態になると、この蓋が外れてGABAが合成されます。
そこで、ゲノム編集技術のクリスパ・キャス9を使って蓋の部分を除くと、常にGABAが合成されるようになり、通常のトマトの4~5倍ものGABAを含むトマトが出来たのです。

遺伝子を切るハサミ遺伝子について受講生から質問が出ました。
元々は菌がウイルスを退治するときに使う遺伝子で、植物が持っているものではないことと、ゲノム編集でハサミ遺伝子を使ったあとで交配を繰り返すことでヌルセグリガントというハサミ遺伝子を持たない品種を作り出せるそうです。

次に、ゲノム編集食品の安全性と、「届け出」という言葉について教えていただきました。
ゲノム編集食品には、外部から遺伝子を導入する手法と、狙った遺伝子を壊して変異を起こす手法がありますが、後者について国は「自然界でも起こりうる変化」「従来の品種改良と区別できない」などとして、安全性審査の対象外としたそうです。
開発者には「届け出」を求めるが、義務ではないそうで、表示義務も課さない見通しだそうです。

大阪いずみ市民生協の三原さんからは、これまで「ゲノム編集の未来を考える会」と共に勉強会を重ねてきたこと、安全審査に合格して流通している遺伝子組み換え食品で実害が出ていないこと等から、ゲノム編集食品に制限を加えることはしない、ただし表示はするとのお話でした。

受講生代表の中西さんも加わり、パネルディスカッションが行なわれました。
生活協同組合コープこうべからも3人の方が受講され、熱心に質問されました。
ハサミ遺伝子について再度質問が出ました。
オフターゲットという、狙った遺伝子ではない別の遺伝子を切ってしまうリスクについても質問がありました。

GABAを多く含むトマトは、トマトジュースとして既に売り出されているが、ゲノム編集のトマトはどう違うのかという質問がありました。
実は私も同じ疑問を持っていたのですが、ゲノム編集のトマトの方がGABAの含有量がけた違いに多く、小さいトマトを一日に1粒か2粒食べるだけで血圧の上昇を抑えられると期待できるそうです。
トマトは栽培方法(塩トマトや水ストレス)によって、糖を多くしたりGABAを多くしたりできますが、労力がかかり収穫量が少ないのが課題です。そこで今回ゲノム編集という違うアプローチから、ストレスを与えなくてもGABA含有量の多いトマトを作り出すことにしたそうです。

ゲノム編集食品の世界的な状況は?という質問もありました。
アメリカでは高オレイン酸大豆や高収量のワキシーコーンがゲノム編集で作り出され、すでに販売が始まっており、ワキシーコーンが日本での「届け出」第一号になる可能性もあるそうです。アメリカでは、従来の品種改良と区別できないとして、日本と同じように安全性審査は必要ないとしているそうです。

NHKクローズアップ現代「解禁!ゲノム編集食品~食卓への影響は?~」を見ましたが、
「ゲノム編集食品に不安を感じる人もいますが、すぐに受け入れられるでしょう。スマホの仕組みは分からなくても使いますよね。それと同じですよ。もちろん日本にも輸出しますよ。」
とゲノム編集食品を開発中のベンチャー企業のCEOがインタビューに答えていました。
一瞬そうかもしれないと思ってしまい、いやいやそんなに簡単に納得してはいけないと思いました。

住吉先生が、「ゲノム編集食品はわからないから不安ではなく、理解した上で、食べたいか食べたくないか判断してほしい。」、「悪い物を作っているつもりはないので、情報提示して望んでくれる方に販売したい。スーパーに並ぶのはずっと先のこと。」とおっしゃるのを聞いて、個人的にはすごく応援したくなりました。

「血圧が下がるならGABAトマトを食べてみたい。ただし、アメリカ産というだけで拒否反応を起こす家族がゲノム編集食品を買うことは考えられない。」という受講生の意見もありました。
私も、自分はいいけれども、子供とか孫とか未来の世代に影響があるかもしれないと考えると慎重にならざるをえないと思いました。

最後に、これからの農業の課題として、温暖化による異常気象や人口増加に伴う食糧増産の必要性から、ぜひゲノム編集食品の研究を進めてほしいという意見が受講生の中から出たことで、まとめになったように思います。

受付を担当して頂いたくろまろ塾運営ボランティアの皆さま、お疲れさまでした。

ブログ内検索

カレンダー

2020年2月
« 1月    
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829

過去の記事

ページ先頭へ戻る