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くろまろ塾運営ボランティア

政僧「文観房弘真(もんがんぼうごうしん)」とは?

くろまろ塾運営ボランティア スタッフ2019年10月29日 18:00 |

皆さん、こんにちは。くろまろ塾運営ボランティアの西岡です。
河内長野が日本遺産認定を受けた記念の教養講座(歴史編)の第3回「南北朝時代における文観と観心寺・金剛寺」を受講しましたので、レポートします。

皆さんは、文観房弘真(以下「文観」)と言う僧の名前を聞いたことがありますか?私たち河内長野市民が、南北朝時代に活躍した人物として先ず思い浮かべるのは、たぶん大楠公(楠木正成)ではないでしょうか?しかし、同じ時代、後醍醐天皇、後村上天皇から信任を受け、観心寺や金剛寺を支えた真言宗を代表する僧侶が活躍していたのです。歴史に関心の高いくろまろ塾生でも、知らなかった方が多かったのではないでしょうか?ここで、文観の生涯を駆け足で観てみましょう。

文観は、弘安元年(1278年)播磨国に生れ、13歳にして播磨国法華山一乗寺(天台宗)にて出家。2年後南都(奈良)に入り興福寺の良恩から法相宗、信空から律蔵を学んでいます。1301年には両部灌頂を受け、1316年39歳のとき醍醐寺報恩院にて真言密教の伝法灌頂を受けています。かなりの秀才で法力もあったのではないかと思われます。文観の信仰は、文殊信仰と観音信仰が基調となっており、文観の文は文殊菩薩の文、観は観音菩薩の観に由来しているそうです。文観が政治に大きく関わってくるのは、壮年期からです。

1325年~1330年にかけて、文観は、後醍醐に両部伝法灌頂や瑜祗灌頂など真言密教の高度な授法を授けています。そして1329年、後醍醐の討幕計画に加担し、「関東調伏」の祈祷を行っています。しかしこれが幕府に発覚し、1331年に後醍醐は隠岐に配流、文観は硫黄島に流されてしまいます。ところが、なんと1333年鎌倉幕府が滅亡すると、後醍醐は京都に帰還し建武政権が発足します。延元元年(1336年)、後醍醐天皇が吉野に南朝を樹立したおり、文観は観心寺と金剛寺を勅願寺化しています。そして後醍醐が1339年吉野で死去し後村上天皇の時代、南朝が京都回復した折(1351年)には、文観は東寺一長者(真言宗の最高位)や醍醐寺の座主をも兼務し、南朝の宗教界において絶大な権威を誇ったと考えられます。最晩年(1354~1356年)には、金剛寺を行宮(あんぐう:天皇外出時の仮の御所)にしたり灌頂院を建立するのに尽力しており、1357年なんと80歳の長寿を全うして金剛寺大門往生院で入滅しています。

文観は中世の政局、特に南河内の地に深く関わり、まちがいなく楠木正成に匹敵する影響力のあった人物であったことが、受講者の記憶に刻まれたのではないでしょうか?

 

今回の講師は、高野山大学 文学部 坂口太郎専任講師で、本講座では信頼性の高い古文書や研究成果にもとづいた内容で、情報元を示していただきながら時代の流れを説明していただきました。私たち、にわか歴史ファンは、「太平記」の内容なども、つい史実と受け止めてしまいがちですが、講座を聴きながら反省の思いを深くしました。

最後の質問コーナーでは、観心寺の関係者から質問もあり、充実した内容の講座になりました。先生、有難うございました。

以下に、受講者アンケートの一部をご紹介します。

◆文観について詳細に説明して頂き、今まで私の知らなかった観心寺・金剛寺との関わりが良く理解できました。
◆南北朝期に於ける仏教(真言密教)との関わりが難解であった。
◆楠公以外にも、中世日本の歴史に深く関わる人物が河内長野にいたことを学べた。

最後に、今回もくろまろ塾ボランティアが司会や受付に活躍してくれました。お疲れ様でした。

「ゲノム編集がもたらす食の変化の可能性を考える 2」-②健康促進トマトの開発- を受講しました!

くろまろ塾運営ボランティア スタッフ2019年10月26日 18:00 |

みなさま、こんにちは!
くろまろ塾運営ボランティアの後藤です。よろしくお願いします。

昨年のゲノム編集に関する講座に続いて、今年もゲノム編集について受講生も一緒に考える講座が開かれています。(昨年の講座のブログはこちら)

第1回目「育種技術としてのゲノム編集」(大阪府立大学大学院 生命環境科学研究科 山口夕先生)は、ゲノム編集技術の基礎と実際に開発途上の作物について講義があり、質問に答えてくださいました。
ちょうど厚生労働省が10月からゲノム編集食品の開発者の届け出に先立つ相談受け付けを始め、早ければ年内にもゲノム編集食品が流通し、食卓に並ぶとの報道があったばかりです。
今まさに話題のゲノム編集ということでテレビ局の取材があり、翌日の放送では受講生が質問する姿がテレビに映し出されました。

今回は、第2回目「健康促進トマトの開発」(サナテックシード株式会社 住吉美奈子先生)です。
後半、大阪いずみ市民生協の三原さんからゲノム編集に対する生協としての考え方の説明があり、その後受講生も参加してパネルディスカッションが行なわれました。

サナテックシードは「筑波大学発ベンチャー」で、ゲノム編集技術を使って品種改良された農作物を販売するために立ち上げられ、まずはGABAの成分を増やしたトマトの販売を目指しています。
住吉先生は、ポイントを二つに絞って講義されました。

①GABAを高めたトマトって何?
②ゲノム編集食品の安全性をどう考えるか。「届け出」という言葉は何か?

まずトマトですが、原産地の南米アンデスからメキシコに伝わり、探検家コルテスによってヨーロッパへ、さらに江戸時代には日本に伝わっていたそうです。

当初は観賞用として扱われ、野菜として普及したのはごく最近のことです。

品種改良によって次々と新しい高品質のトマトが生まれていますが、2012年にはトマトの全ゲノム配列が解読されました。
高GABAトマトはどのように開発されたのでしょうか。
GABAにはストレスを和らげたり、血圧の上昇を抑えたりする働きがあるそうです。
植物の中でGABAを合成する酵素はふだんは活動を抑制する「蓋」で覆われているそうですが、植物にストレスがかかった状態になると、この蓋が外れてGABAが合成されます。
そこで、ゲノム編集技術のクリスパ・キャス9を使って蓋の部分を除くと、常にGABAが合成されるようになり、通常のトマトの4~5倍ものGABAを含むトマトが出来たのです。

遺伝子を切るハサミ遺伝子について受講生から質問が出ました。
元々は菌がウイルスを退治するときに使う遺伝子で、植物が持っているものではないことと、ゲノム編集でハサミ遺伝子を使ったあとで交配を繰り返すことでヌルセグリガントというハサミ遺伝子を持たない品種を作り出せるそうです。

次に、ゲノム編集食品の安全性と、「届け出」という言葉について教えていただきました。
ゲノム編集食品には、外部から遺伝子を導入する手法と、狙った遺伝子を壊して変異を起こす手法がありますが、後者について国は「自然界でも起こりうる変化」「従来の品種改良と区別できない」などとして、安全性審査の対象外としたそうです。
開発者には「届け出」を求めるが、義務ではないそうで、表示義務も課さない見通しだそうです。

大阪いずみ市民生協の三原さんからは、これまで「ゲノム編集の未来を考える会」と共に勉強会を重ねてきたこと、安全審査に合格して流通している遺伝子組み換え食品で実害が出ていないこと等から、ゲノム編集食品に制限を加えることはしない、ただし表示はするとのお話でした。

受講生代表の中西さんも加わり、パネルディスカッションが行なわれました。
生活協同組合コープこうべからも3人の方が受講され、熱心に質問されました。
ハサミ遺伝子について再度質問が出ました。
オフターゲットという、狙った遺伝子ではない別の遺伝子を切ってしまうリスクについても質問がありました。

GABAを多く含むトマトは、トマトジュースとして既に売り出されているが、ゲノム編集のトマトはどう違うのかという質問がありました。
実は私も同じ疑問を持っていたのですが、ゲノム編集のトマトの方がGABAの含有量がけた違いに多く、小さいトマトを一日に1粒か2粒食べるだけで血圧の上昇を抑えられると期待できるそうです。
トマトは栽培方法(塩トマトや水ストレス)によって、糖を多くしたりGABAを多くしたりできますが、労力がかかり収穫量が少ないのが課題です。そこで今回ゲノム編集という違うアプローチから、ストレスを与えなくてもGABA含有量の多いトマトを作り出すことにしたそうです。

ゲノム編集食品の世界的な状況は?という質問もありました。
アメリカでは高オレイン酸大豆や高収量のワキシーコーンがゲノム編集で作り出され、すでに販売が始まっており、ワキシーコーンが日本での「届け出」第一号になる可能性もあるそうです。アメリカでは、従来の品種改良と区別できないとして、日本と同じように安全性審査は必要ないとしているそうです。

NHKクローズアップ現代「解禁!ゲノム編集食品~食卓への影響は?~」を見ましたが、
「ゲノム編集食品に不安を感じる人もいますが、すぐに受け入れられるでしょう。スマホの仕組みは分からなくても使いますよね。それと同じですよ。もちろん日本にも輸出しますよ。」
とゲノム編集食品を開発中のベンチャー企業のCEOがインタビューに答えていました。
一瞬そうかもしれないと思ってしまい、いやいやそんなに簡単に納得してはいけないと思いました。

住吉先生が、「ゲノム編集食品はわからないから不安ではなく、理解した上で、食べたいか食べたくないか判断してほしい。」、「悪い物を作っているつもりはないので、情報提示して望んでくれる方に販売したい。スーパーに並ぶのはずっと先のこと。」とおっしゃるのを聞いて、個人的にはすごく応援したくなりました。

「血圧が下がるならGABAトマトを食べてみたい。ただし、アメリカ産というだけで拒否反応を起こす家族がゲノム編集食品を買うことは考えられない。」という受講生の意見もありました。
私も、自分はいいけれども、子供とか孫とか未来の世代に影響があるかもしれないと考えると慎重にならざるをえないと思いました。

最後に、これからの農業の課題として、温暖化による異常気象や人口増加に伴う食糧増産の必要性から、ぜひゲノム編集食品の研究を進めてほしいという意見が受講生の中から出たことで、まとめになったように思います。

受付を担当して頂いたくろまろ塾運営ボランティアの皆さま、お疲れさまでした。

「身近な環境問題について考える」~SOS!絶滅危惧種の生物を守る~を受講しました!

くろまろ塾運営ボランティア スタッフ2019年10月19日 17:00 |

みなさま、こんにちは!
くろまろ塾運営ボランティアの後藤です。よろしくお願いします。

大学連携講座 近畿大学編「身近な環境問題について考える」
~SOS!絶滅危惧種の生物を守る~
「第6の大量絶滅時代、身近な魚たちにもせまる危機!~正しく知って、正しく守るには~」をレポートさせていただきます。

講師の北川忠生先生は、近畿大学農学部環境管理学科でメダカやドジョウ、タナゴなどの在来の淡水魚の調査研究と保護活動に取り組んでおられます。
今回は、奇跡的に生き残った奈良のニッポンバラタナゴ「ペタキン」のお話を中心に、メダカの間違った保護活動のことなども教えていただきました。
「ペタキン」愛あふれる先生のお話を聞くうちに、「何とか生き残ってほしい。がんばれペタキン!」と、応援する気持ちが湧いてきたのが不思議です。

現在の地球上の生命は、現在に至る進化の過程において5回にわたる環境激変による種の大量絶滅を経験してきたそうです。
講座の後で図書館の出前貸出で、『次の大量絶滅を人類はどう超えるか 離散し、適応し、記憶せよ』(アナリー・ニューイッツ著 熊井ひろ美訳 発行インターシフト)という本を借りました。
過去5回の大量絶滅のことを知らなければと思って読んだのですが、思いがけずスケールの大きいSFのようなところもある興味深い本でした。お勧めできる一冊です。ネアンデルタール人の絶滅に関する新説には心が痛く、揺らぎました。・・・余談ですが。

現在、私たち人間の活動が自然界にさまざまな影響をあたえて、第6回目の大量絶滅の時代をむかえているそうです。
飛べない鳥ドードーは人間がモーリシャスに上陸して数年の間に滅びました。フクロオオカミは家畜を襲うとされ、最後の一匹までゴミとして捨てられました。ピンタゾウガメは最後のオス「ロンサム・ジョージ」が死亡して2012年絶滅しました。

日本でも、ニホンオオカミ、二ホンカワウソ等が絶滅し、イリオモテヤマネコ、ヤンバルクイナ等が絶滅しかかっています。
今まで身近にいた多くの生き物たちもその姿を消しつつあります。
現在進行形で絶滅は続いているのです。

そんな中で、身近なところでは奈良県に生息する魚類87種のうち外来魚が29種に及び、ブラックバス(オオクチバス)、ブルーギル、タイリクバラタナゴなどの侵入で在来種の50%が絶滅の危機に瀕しているそうです。誰でも知っているメダカですが、奈良のメダカ(ミナミメダカ)は絶滅危惧種に指定されるくらい少なくなっています。

さて、ニッポンバラタナゴですが、奈良では「フナのようにペタっとした金魚」という意味で「ペタキン」と呼ばれているそうです。
日本にだけ棲む淡水魚で、元々は西日本に広くいたものが、きれいな魚なので観賞用に乱獲され、生育環境の悪化、外来種の侵入で、環境省レッドリストでは絶滅危惧IA類(放っておくと10年で絶滅するランクだそうです)、奈良県版レッドリストでは野生絶滅種に指定されています。

2005年奈良公園の1つの池で絶滅寸前のペタキンが見つかりましたが、世界遺産「古都奈良の文化財」は生物多様性のタイムカプセルとして機能していたようで、奇跡的に生き残っていたそうです。
その後、池の水を抜いて調査し、ヘドロを除去し水質改善をし、2008年には数が増えましたが、あとは減る一方で2013年には池に戻さずに管理下におくことになったそうです。

ペタキンのことを教えていただきました。
まず、オスは産卵期になると婚姻色を出すことと、メスはお尻から産卵管を伸ばして貝に産卵することです。
産卵は、ドブガイの出水孔へメスが長く伸びた産卵管を入れて産卵し、その直後にオスが放精し、精子は入水孔から入っていき、貝のえらで受精するのだそうです。

ドブガイに托卵されたペタキンの卵は、えらの中で循環する新鮮な水で成長し、稚魚になると出水孔から吐き出されるそうです。
さらに、ドブガイは幼生の時にヨシノボリという魚の尾びれに寄生するそうで、ペタキンが生きていくにはドブガイが要り、ドブガイが生きていくにはヨシノボリが要るという生物のつながりには驚きました。

ドブガイが生きていくための産卵場所がヘドロで汚染され、貝はそこから動けないので減少していることが調査で分かり、ヘドロ除去の費用がないので、バケツリレーで頑張っておられるそうです。

2012年ついに奈良公園の池からペタキンが消えました。
2013年池には戻さずに管理下に置き、近畿大学の池で育てて系統保存することになりました。
北川先生は、「絶滅危惧種の保護は、bestでなくてもbetterな方法で手を尽くすべき」とおっしゃって、奈良県に本来の生息していた状態を取り戻すための「ペタキン里親プロジェクト」、子供たちへの環境教育「ペタキン学校里親プロジェクト」、企業やNPOとの提携など、ペタキンの保全・保存・社会啓発活動に全力でがんばっておられます。

追記
ペタキンの事はこれまで見たことも聞いたこともないと思っていました。
ところが、何と講座の3日前に気付かないでペタキンに出会っていたのです!
「JAPAN COLOR」をテーマに、色という切り口で日本の自然と文化の関わりを紐解いた展覧会が花洛庵という京町屋であり、入口の水槽に「タナゴ亜科魚類の婚姻色」として、ニッポンバラタナゴなど4種類の魚が展示されていたのです。
このことは、講座の後で写真を見直して気がついたのですが、きちんと見ないで残念なことをしました。
説明書きによると、ニッポンバラタナゴの「バラ」は「薔薇」で、英名「Rosy」の由来だそうです。
次は薔薇色のペタキンに何処かで出会えたらいいなと思います。

今回もくろまろ塾ボランティアが司会や受付に活躍してくれました。お疲れ様でした。

植物の生命~植物の生き方と種子のふしぎ~種子の不思議と進化

くろまろ塾運営ボランティア スタッフ2019年08月01日 09:00 |

みなさま、こんにちは!
くろまろ塾運営ボランティアの後藤です。よろしくお願いします。

特別講座:植物の生命~植物の生き方と種子のふしぎ~(全2回)
①世界の山の植物とその生き方
②種子の不思議と進化
を受講しました。
今回は、第2回目をレポートさせていただきます。

講師の久山敦先生は、鶴見緑地にある「咲くやこの花館」の館長さんです。英国王立キュー植物園で研修された後、植物を求めて世界中を旅されたスケールの大きい方です。
第1回目の講座ではチベットの珍しい高山植物レウム・ノビレを始めとして、世界の様々な環境で育つ高山植物を、自らの足で巡って撮影された数多くの写真を用いて解説されました。

今回は、種子の講座ということで、タビビトノキ(チラシに載っていた鮮やかな青いタネ)、アルソミトラ(空中をグライダーのように舞うタネ)、オオミヤシ(世界一大きいタネ)等々、数多くの珍しいタネの標本を持ってきてくださり、講座が始まる前から展示の前は大賑わいでした。

(ククイの実のレイを掛けて、オオミヤシの説明をされる久山先生)

(数多くの珍しい標本が展示されました。)

講座は、ダーウィンの進化論の
「生き残るのは、最も強い種ではなく、最も賢い種でもない。生き残るのは、変化に最も順応できるものである。」(『種の起源』より)
という1節から始まりました。

最近のテレビ番組では、食虫植物が虫を捕まえる様子を「賢いですね!」と言われるが、これはおかしい。生物が進化した姿を見て「賢い」、「工夫している」というが、世代交代の際にDNAの異なるものとの間で生じた複数の個体には、バラツキがあり、その中で環境に適した個体が残り、「賢く」見えるだけと話されました。
メンデルの法則から、孫の代に「バラツキのある種子」が生じること、そして環境に適し生き残れたDNAを持つものが進化したものとして残ること(有性生殖による進化)を教わりました。

一方で、果物の挿し木、株分け、さらにはランの成長点培養などの、自然発生の変異株や品種改良されたクローン株による無性生殖が人類にとって重要な役割を担っていることと、単一の遺伝子を持つものを増やしたせいで絶滅の危険性があることも、バナナを例に教えていただきました。

野生のバナナは黒い種だらけで実の部分が少ないものでしたが、たまたま種の無い品種を見つけて、株分けで増やしたそうです。ところが、フザリウムというカビの一種による病気で、同じ遺伝子を持つ株は壊滅的な被害を受けました。
一種類のバナナは滅びてしまい、現在はキャベンディシュという、日持ちがして、料理にも使える品種が栽培されていますが、キャベンディシュもフザリウムによる新パナマ病で絶滅の危機に瀕しているそうです。
種の無いものから新しい品種を作り出すことは難しく、種一粒はダイヤモンドより高くつくそうです。

有性生殖による「進化」と、品種改良されたクローン株による無性生殖と、これら相反するものがいずれも人類にとって重要であることを教わりました。

さて、ここからは実際に貴重な標本を見ながらの種子散布のお話です。
全部は紹介しきれないので、その中のいくつかを紹介させていただきます。
なかなか子離れできない人間と違って、植物は子供をなるべく親から遠くに離れていくように、時には何千キロも遠くに散布します。
動くことのできない植物にとって、種子散布は唯一の移動のチャンスなのかなと思います。
風に運ばれるタネ、水に運ばれるタネ、動物に食べられるタネ、アリが運ぶタネ、動物にくっついて運ばれるタネなど散布の方法はさまざまです。

まず、風散布のタネですが、アルソミトラ(ハネフクベ)を実物を手に説明されました。
アルソミトラは熱帯アジア原産のウリ科のつる植物で、雌株のつるが数十mに伸びると樹上に頭ほどの果実をつけ、その中には三百枚程度の種子つきの羽根ができます。
熟すと底に開口部ができ、1枚ずつ親株から離れた場所に飛行していきます。1m下がる毎に4mほど水平に移動するそうです。
以前、LIXILギャラリー「種子のデザイン/旅するかたち」展で、熱帯雨林を滑空するアルソミトラの映像を見たことがありますが、グライダーのようでした。
人類が空を飛ぶ夢を追い求めていた時代、アルソミトラの構造を参考に飛行機が作られたそうです。

ところで、下の写真は何のタネでしょうか?

大抵の人は答えられないそうです。
私もウバユリの実に似ているのでユリの仲間かな?と考えましたが、わかりませんでした。
答えはチューリップです。
莢の中にタネがあり、蒔いて育てると花が咲くまでに最低8年かかるそうです。
ふつうは球根を育てて、花を切って球根を太らせるので、タネを見る機会はありません。

これは原種のチューリップです。
チューリップの生産地はオランダが有名ですが、原産地はトルコです。
トルコではラーレと呼ばれ、トプカプ宮殿を飾ったチューリップが、オランダに伝わり、チューリップ・バブルを引き起こした歴史には心惹かれるものがありますが、原種のチューリップは育て方によっては30~40年生き続けることができるそうです。
原産地が乾燥地帯なので、梅雨が苦手ですが、水はけのよい日向土に植えると植えっぱなしでも大丈夫だそうです。

咲くやこの花館に昨年春、パラボラッチョ「酔っぱらいの木」と呼ばれる3トンもある樹が運ばれてきました。この樹は元々館内で育っているトックリキワタの仲間で、アルゼンチン原産で、飛行機で運ばれてきたそうです。

トックリキワタの繊維は、油分を含み水をはじくので、発泡スチロールなどが登場するまでは、救命具に使われていました。種子は繊維と一緒に親株から離れた場所に運ばれ、親子が光の取り合いなど競い合うのを防止します。

トックリキワタは、咲くやこの花館で最初なかなか実をつけず、違うクローンの枝を接ぎ木して、やっと今のように沢山の実をつけるようになったそうです。
上の写真でハイビスカス似の花が3タイプ見られるのは、違う木の枝を接いだためで、1株で3株の役割を果たしています。
接ぎ木は人間の知恵ですが、果樹では古い幹を使って新しい品種の枝で果実のなるものを接ぎ木すると、すぐに実がつくそうです。

マダガスカルに自生するタビビトノキは美しいコバルトブルーのタネをつけます。
この青色は種子を被う毛の色ですが、現地のラッフルキツネザルが好む色で、種子を運んでくれます。白い花をつけますが、蜜が多く、花粉媒介もこのキツネザルがしていることが分かったそうです。
南アのゴクラクチョウカの仲間ですが、タビビトノキという名前の由来は、葉が東西方向に広がり旅人に方角を示すとか、葉柄を切ると水が出て旅人の喉を潤すとか言われていますが、実際は方角は当てにならず、水は汚いそうです。

水散布のオオオニバスの花は18時頃に咲き始めます。
白い美しい花でバニラのような良い香りがし、これに誘われたコガネムシの仲間は蜜を吸いに中にはいります。
そして一晩花の中にとじこめられますが、その際に他の株の花粉を雌しべに運びます。ただその時点ではこの花の花粉はシールされていて、自家受粉しない形になっているそうです。
翌日、花は虫の好まない赤色に変化し、花粉が現れて虫の体につき、この花粉は他の株に運ばれて行きます。
ハスの種子は、大賀ハスを始めとして寿命が長いことで有名ですが、蒔いても直ぐに発芽する種子や50年後に発芽する種子など様々で、これは池の水が抜けたりしても生きる次のチャンスを狙うリスク管理だそうです。

最後は、付着動物散布です。
ひっつき虫に付かれた可哀そうなワンちゃんと、ひっつき虫からヒントを得て作り出されたマジックテープです。
飼い犬にくっついたゴボウの種子がマジックテープ発明のヒントだったのですね。

この他にも、様々な植物の生き方と進化した種子を紹介してくださいました。
その一つ一つを自分で調べて、勉強して、さらに深い知識としたいと思う講座でした。

司会、受付を担当して頂いたくろまろ塾運営ボランティアの皆さま、お疲れさまでした。

漢字講座始まりました!

くろまろ塾運営ボランティア スタッフ2019年07月21日 09:00 |

皆さん、こんにちは。くろまろ塾塾生の西岡です。

今年も、後藤先生による「漢字研究の巨星、白川静の世界4」の講座がスタートしました。今日は、あいにくの雨天にも関わらず多数の塾生が受講しました。なりたちから漢字を覚える楽しさを1回でも味わうと、癖になってしまうのかも知れませんね。人気の高さが伺えました。

今年のテーマは、「衣・食・住」を3回に分けて学びます。今日は「衣」がテーマでした。
漢字が出来た3000年前頃には、すでに「衣」に関する様々な漢字が使われていました。当時は絹と麻はあったが、木綿はまだありませんでした。蚕は日本では、白川郷など室内で飼うのが普通ですが、当時は屋外で飼っていたことが「蚕」と言う漢字からも伺い知ることが出来ます。

また、「衣」は、単に身に着けるものではなく、「そこに霊が宿る神聖なもの」とのニュアンスが含まれているとの、文化的な背景まであったことを学びました。例えば、「初」の漢字は「衣」偏に「刀」と書きますが、赤ん坊に魂を受け継ぐために初めて産着を作るとき、反物をハサミなど刃物で裁ちます。そこから、「初」と言う漢字ができました。そう言えば「裁」という漢字にも「衣」と「矛づくり」が入っていますね。

中国の古い詩集『詩経』に、「緑衣」の詩という、形見の衣裳を題材に亡き妻への思慕をうたった切ない詩があります。衣はその人の魂を包むもの、いや魂そのものであったと言えるのかも知れません。白川静先生翻訳のその詩をご紹介しましょう。

緑衣

緑なり緑の衣

緑の衣に黄の裏地

亡き人に心憂ふる

その憂ひやむときもなく

 

緑なり緑の衣

緑の衣に黄の裳(もすそ)

亡き人に心憂ふる

その憂ひやむときもなく

 

緑なりその絲も

みづからに織りなせり

亡き人を思い出づれば

あやまちのなかりし人ぞ

 

うす衣掲げたるに

秋風の冷たさよ

亡き人を思い出づれば

魂あへる人なりけるを

講座の終わりに「甲骨文字」を読み解くチャレンジと甲骨文字サンプルの書籍『殷 甲骨文集』(二玄社刊)が紹介されました。先ずは、「十二支十干」の甲骨文字を覚えてしまいたいですね。(-_-;)

講座終了後も、熱心に質問する受講者の皆さんの姿がありました。

8月には、久保先生による親子で学ぶ漢字講座「漢字で知ろう昔のくらし」も始まります。夏休みに親子でぜひご参加ください。(^o^)/

今回もくろまろ塾ボランティアが司会や受付に活躍してくれました。お疲れ様でした。

 

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